習い事への親の関与について

子供の部活動や習い事についてどこまで親が関与するかは非常に難しい時代になっています。特に我が子の場合2人とも幼い頃からクラシックバレエを習っていて、どうしても女親の助けが必要であったり、お母さん同士の付き合いや先生とのお付き合いもあって長女は高校生になりますが、いまだに女親はつきっきりという状態です。我が家だけが特別なわけではなくクラシックバレエの世界ではこれが当たり前で、レッスンも夜11時まで行っていればお迎えに行くことも当たり前になっています。さすがに大学生になれば全てにおいて自分で判断していくことになるのですがいざ自立しろと言った時に長女が自立できるのかどうか不安なところです。

習い事に関して親が関与する事は悪いことだとは思いませんがクラシックバレエのような特殊な習い事でなければ極力自分たちでなんとかすべきだと考えています。

それも早いタイミングで自立させなければ成長が遅れるというのが私の考え方です。

気を付けないといけないと思ったこと

男の子なのですが今までにあまり大きな怪我はしたことがありませんでした。歩けるようになってからも転んでも大した怪我ではなかったです。しかしある日、自転車に乗っている時に靴が脱げてしまい取りに行くのに自転車を停めていきました。子供は乗せたまま自転車を停めていたので子供が暴れてそのまま倒れてしまいました。一瞬の出来事で頭の中がパニックで急いで子供の元に駆けつけたのですが大泣きでした。私はその時、何とも言えない罪悪感に襲われました。大泣きしたまま、また自転車に乗せて慌てて家に帰りました。そして処置をしたのですが顔のあちこちから血が出ていて見てて辛くなりました。泣く子供を見て一緒に泣くことしかできませんでした。旦那にすぐに連絡すると、終わったことだから仕方ないけど気を付けないといけないと注意されました。その通りでした。泣きじゃくった後、寝ている子供の顔を見て今まで以上に大切だと感じました。これからはもっと大切にしようと思いました。自転車を乗る上で今まで以上に気を付けていかないといけないと改めて思いました。その後すぐに治ったのですがしばらくは顔を見る度に思い出して辛かったです。毎日謝ることしかできない自分が情けなかったです。

妙なところが遺伝する

小学生になると、三者面談などがありますよね。

子供が低学年の頃のことです。

我が子は大人しいほうで、特に問題を起こすことはなく、勉強も運動も普通といった感じでした。

ところが、担任の先生から言われた言葉にびっくり!

「たまに意識が飛んで別の世界へ行ってます。」

もう苦笑いするしかなく、ボーッとしてすみません、なんて言ってその場は終わりました。

普段からのんびり屋さんなのはわかっていたけれど、先生に指摘されるほどとは思っていなかったんです。

そういえば他にも、よく物を落としたりなくしたり、注意力散漫なのが少し気になるところではありました。

実家に帰った時に母に愚痴ると、母から言われた言葉にまたびっくり!

「あんたもよく夢の世界に浸ってると先生から言われたよ」

しかも、しょっちゅうお金を落とすので信用できず持たせられなくなっただの、買い物で複数頼むと必ず一つは忘れてくるだの、耳に痛い話が出てくる出てくる・・・

ああ、そんなところも遺伝するのかなぁと切ないような、自分に似ている我が子がますますいとおしいような、複雑な心境でした。

今度は母の子供時代の話を祖母に聞いてみようかと、密かに楽しみにしています。

同じものを見て共感できる、話が出来るとき幸せだなぁと感じます

子供ができる前は、テレビを見ても音楽を聴いてもいつも一人…「昨日のドラマ面白かったよね!」と気軽にすぐ話せる友達もいませんでした。肝心の夫とは、全般的に趣味が合わずテレビや音楽のジャンルなども違っていたため、一人で常に消化不良状態な日々を送っていました。

子供ができてから、一緒にテレビゲームをしたり、好きなドラマの音楽を聴いたり、面白いテレビを見たりする機会が増えて、母親の影響が強いせいか私の好きなテレビやゲームを子供も好きなため、一緒に共感できることがものすごく多いです。

特にテレビゲームは、制限している家庭もあるかと思いますが我が家は私自身が好きなためスーパーマリオや星のカービィなど、一緒にワイワイ家でプレイしているととても楽しくて幸せを感じます。ゲームの時間は区切っているつもりですが、子供が寝たあとにこっそり私だけレベル上げをしていて翌日に「ママずるーい!」なんて言われることもしばしば…それもまた幸せな日々です(笑)。

親の不安をよそに子供ってすくすく育つよ

高齢出産で子供を産みました。仕事もいっぱいしたし、よく遊んだので心置きなく育児に専念するぞと行き込んだのはいいけれど、やはり初めての育児は解らないことだらけで不安でした。

周りに同じような子育てママもいないし、主人も当てにならない

独り子育てに奮闘するのは中々大変でした。とにかくちゃんと育てなければと育児本をすごく頼りにしていましたね。でも本通りにはいかない。特に夜泣きの時は抱いても、子守歌を歌っても泣きっぱなし。さすがに2時間近くなだめているのが続くと、大丈夫なのか、何か間違っているのかと言いようのない不安ばかりで夜泣きが怖かった。さすがに二時間も泣きつけば喉も渇くだろうとお白湯を飲ませる様になった。

それでやっと寝付くようになり、少し安心した。そんな夜泣きも少しずつなくなり、何時の間にか成長に変化がある。

少しずつだけど、確実に成長しているなという実感を毎日感じて嬉しい。昨日できなかった事が今日は出来て、その成長ぶりが面白くて、気づいたら一歳になっていた。

子育てって大変だけど楽しいって実感していました。

生きること死ぬことを意識する

我が家の娘たちは生きること、死ぬことの意味を二人のひいおばあちゃんからしっかり学びました。

なかなか、親しい間柄の死に目に会うこともなければ、そこに深く関わることも子供の頃はないといった方が良いかもしれません。しかし、我が家は二人のひいおばあちゃんが近い存在であり、幼い頃から触れ合い、病気になってからも、実際に息をひきとるまで本当に長い時間を一緒に過ごしてきました。だからこそ、人が死ぬということを自分なりにしっかり考える貴重な機会を持つことができました。

まず、何よりもどんな状況であろうとも生きることを諦めてはならない、それとともに残されたものたちに何を残せるのか事前に考えておくこと、また人の死を看取るにあたり、世代で順繰りに巡らせていくことの、大切さなどです。これらは学校や塾では決して学ぶことができない本当に尊い経験になります。

今でも二人の胸には二人のひいおばあちゃんから学んだことがきちんと残っています。

私が今一番ハマっていることは毎日育児です

趣味と言っていいのか分かりませんが、今子育てにハマっています。

育児が大変、嫌になる、1人の時間がないと産まれてから色々なストレスを抱えてるママさん達も多いと思います。

ですが私は日々子供と向き合う時間、今しかない大切な成長期を楽しいんでいます。

寝付きが悪い時にはどうしたら一番ぐっすり寝てくれるかなど毎日格闘中ですが、それが分かるまで勉強して試してみてダメだったとか、おひな巻きしたらぐっすり寝てくれるなど、成功や失敗など知れることに楽しみで仕方ないです。

ずっと毎日子供と一緒にいて、声を出して笑ってくれた日などはとても嬉しく、あ~、この子はこの玩具がすきだから笑ってくれたのかなと思うと、その玩具ばかり使って遊んで飽きてしまった時の仕草や顔など見ると本当に面白いです。

よくお腹の中にいた時音楽を聞かせてあげたのですが産まれてからもぐずぐずしてるなって思った時には聞かせてあげると喜んでくれます。

だから毎日色々な発見があり今日はこういう気分なんだね、じゃあこうしてあげようなど考えてます。

辛い時もありますがやはり子供の育児はママにしか出来ないので楽しく育児を頑張っています。

悪気がないのはわかっているけど・・・

現在中学生になった息子の話です。

小さいころから平均よりもかなり小さく、いつも、実の年齢よりも小さく見られていました。

2,3年、服のサイズが変わらない時期もあり、お金のかからない子だなぁと、のんびり考えていた私。

そんな私でしたが、主人の親戚の集まりに出席するときだけは、毎回ピリピリしていました。

と、いうのも、

久しぶりに会う親戚に「〇〇君(息子)何歳になったの?」と聞かれると、

横から、

「〇歳なの。小さくて、そう見えないでしょ。

でも、□□(主人)もずっと小さくて、高校生になってから背が伸び始めたから、〇〇も高校ぐらいで背が伸びると思うわ!!」

毎回同じセリフで口を出す義母。

全く、悪気はないのですが、毎回のことなので、「またか」という感じ。

”小さくて悪かったわね!”と思ってしまいます。

息子が小さいうちはまだよかったのですが、息子が小学生の高学年になって、会話の内容がわかるようになると、

義母の言っていることに傷つくように。

悪気がないだけに、義母になんて言っていいのかわからず、そのままでした。

息子は、中学に入ると同時に成長が始まったようで、今では、驚くほど大きくなっています。

でも、私は、義母の言葉を一生忘れません。

子供の食育について

我が家は長女も次女も幸いなことに好き嫌いが全くありません。これも幼い頃から食べ物の大切さや農作物を作ることの大変さを学ばせてきたからだと思います。ちょうど良いことに私の実家が兼業農家を行っていて、御米屋野菜さらにはイチゴまでも自分の家で作っています。幼い頃から収穫の時期には、一緒に田んぼや畑に入って作業しましたし、植え付けの際も一緒に作業を行ってきました。こうした経験から食べ物を大事にすること、食べ物を作ることの大変さを自然と学んでくれたようです。もちろん、直感でaが苦手だとか茄子が苦手だとか言いかけたこともありましたが最終的にはすぐに食べられるようになりました。

最近は子供に対する食育の必要性が叫ばれていますが、難しいことを教える前にまずはこうした食べ物の大切さや作ることの難しさを体験させることが1番の教育につながるのではないかと思います。

我が家の場合は自然と身につけることができたと感じています。

一人の人間としての尊重

親として不足ですが立派に今まで育ってくれた事を有り難く思います。

そういう中で、子育てをしつつ私がいつも注意していた点があります。

叱る時には必ず理由を言ってしかることです。

そして怒られた事にたいし子どもの考えも聞くという事です。

私は母から物覚えが付いた頃から、叩かれた覚えがありません。

そしていつも怒る時には理由を言ってくれました。

そしてそれに対し納得が出来たので、弁明の余地がなかったというのが正直なところでした。

私はそういう母を尊敬していて、自分もそういう育て方をしたいと思いました。

そういう叱り方をするうちに、子ども達は善悪を自分で判断するようになりました。

中学などに入学するころには、私が注意するよりもかえって、子ども達から正しい事を教えられるような雰囲気にまでなっていました。

学校でも模範生として表彰されたりしました。

幼稚園の時までは仕方なく叩くこともありましたが、それからは一人の人間として尊重して育ててきました。

そういう思いが子どもにも伝わるし、どうして悪いのかを共に考えるのでお互いの信頼も生まれました。

怒るときはじっくり話をする為時間も投入しないといけないので大変でしたが、後になってみると、それが真っ直ぐにそだってくれる根となったようです。